ハワースへ行く(その1)
今日は10時過ぎ出勤。

今朝の朝食。

食後、振り返ると後ろのコーヒーテーブルにあった花瓶を倒し、割ってしまった。

まだ、将来に経済的な不安を抱えていたとき、1.99ポンドのこの花瓶を買うべきか迷ったが、やはり、心に潤いが欲しかったので購入した。
長い間どうもありがとう!
さて、昨日は、ブログを更新した後、12時10分から歯医者。
受付はリフォーム中。

受付係は目の綺麗な若い女性に変わっていた。

すぐに上の診察室の近くの待合席に移る。なぜか、ここにあるのは子供の本ばかり。
診察時間は大体30分。
その後、ATMでお金を下ろし、大家に家賃を払いに寄って、家に帰る。
そして、オンラインで90ポンドのサムソンのカラーレーザープリンターと95ポンドのトナーを購入。
私の論文は100ページ近く、カラー印刷を必要とするグラフがあるため、そろばんを弾いたら、カラーレーザーを買ったほうが安いことが判明。
食事中、漂白剤を詰めた歯のカバーが取れてしまい、歯医者に電話をする。
食事を中止し、歯を磨いて、大学でスタンバイ。
30分後くらいに電話があり、歯医者に向かう。
食後で、診察中、何度が眠りに落ちそうになった。
その後、大学に戻り、2回目のブログ更新を始める。
こんな感じで、何もしない一日となってしまった。
お腹が空いたので8時過ぎに退却。
さて、ここから月曜日のハワースのお話。
(ハワースは三大悲劇の一つと評されている「嵐が丘」の作者が育ち、物語のモデルとなった場所)
昨年のハワースのお話はこちら!昨年は8月22日に行った様子。
その後、一週間くらい、ハワースについて書いてあります。

オンライン校正業者へpaypalで送金していたりしたら、出発が遅くなってしまった。
バンクホリデーの街はガラガラ。

さて、切符を購入。往復で2.7ポンド。

11時41分のの電車に乗ります。

電車は12時ちょっとすぎにキースレーに到着。

ここから12時30分の蒸気機関車にのってハワースへ向かいます。

ここは、ホームのつくりが昔を思い出させるようなつくりになっています。

切符往復でハワースまで9.4ポンド。といっても、時間にして20分。距離にして4マイルくらい。

子連れが多くて、「僕にも子供がいたら、こういう楽しい思い出を経験させてあげられるのに・・・」なんて考える。
行きの電車はボックス席で、ミドルエイジの夫婦2組。途中から3人の子連れの家族が乗ってきました。
子供が「外が見えない」といって騒いでいるところが子供らしいなぁ・・・と思いました。
でも、しつけの厳しい親で、私にぶつかるときつく注意していました。
さて、ハワース駅。

一部の人は機関車に乗ることを目的としている人も多いみたいで、降りずに終点まで行く人も。

去年と変わりませんね。アイスクリーム屋さんがあって、

この坂を上ってメインストリートに向かいます。

僕には今回一つの目標がありました。
それは、メインストリートで食事をして、ビールを飲むと言うこと。
去年は、なんか勇気がなくて、それができなかったんです。
今回は夕方5時6分ハワース発の機関車がブッフェ付なので、それまでにハイキングを済ませ、駅まで戻ってこなければなりません。

よって、すぐ空いているお店に入りました。

グループで移動しているときは、あまり気になりませんが、一人で他の街のパブとかレストランに入るのって、勇気がいるんですよね。少なくとも去年までの私は。
注文したのは、よく分からないけど、Ploughman's lunch

というもの。今、ウィキペディアで調べて、やっと、どういう食事が分かったところ。
飲み物はダイエットコーク。
パンとサラダ、ハム、ピクルス、バターがついているのをどういうわけか、Ploughman's lunchと呼ぶらしい。
店に入ってみると、別に差別を受けるわけでもなく、一人の客として扱ってくれるんですが、やっぱり、去年の私は入店できなかったんですね。どういう訳か・・・
さて、それから、店を出て、教会へ向かいます。
昨年は結婚式をやっていたので、入りませんでした。
途中、見つけた日本語の看板。

日本人の観光客が多いのでしょうね。
ちょっと、変わった字体ですね。日本語を勉強したイギリス人が書いたようにみえます。
ハイキングの帰りに寄ってみようと思いました。
さて、教会ですが、見学は無料ですが、
いたるところに、ここでも日本語で寄付のお願い。
とか日本語の説明。
先ほどのランチのおつり2.5ポンドがポケットの中にあったので、まず、それを寄付。
すると声が聞こえるんですね。
「今朝、頼んだ校正業者、最初の業者の見積りより200ポンドも安くなったでしょう。少し寄付しなさいよ!」
って。
で、10ポンド寄付することに。老朽化で早急な対策が必要なようです。

さて、教会の裏は墓地になっています。
エミリーブロンテのお墓もあるかなぁ・・・
なんて思いましたが、よく分からないので、すぐ隣のエミリー・ブロンテが育ったという家に作られた博物館へ。
残念ながら館内は撮影禁止。
なるほどなぁ・・・って思ったのは、姉妹が暖炉の周りで、創作活動をしたということ。
今、日本でも言われていますが、勉強部屋で個別に勉強させるより、家族のいる居間で勉強させたほうが、効率が良いらしいです。
さて、いよいよハイキングへ出発です。
「嵐が丘」のモデルになったと言われている、農家の跡まで片道大体4マイル。
腕には昨年、この場所で馬にかまれた痕がまだ残っています。
続きはまた明日!!!
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<追記>
・ ビクトリアと言うパレスチナ出身の平和学部の博士課程生と知り合いになる。
・ 10年前にイギリスに来たらしく、アクセントは完全にイギリス人。
・ 私も海外に10年以上住んでいるのになぁ・・・なんて考える。
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