どこにいても健康には十分気をつけなければならないが、海外赴任中は特別の配慮が必要である。体調を崩したり病気になったりすると、本人も家族もつらい思いをする。業務にも支障をきたしかねない。健康を維持するための基本は「バランスのとれた食事、適度な運動、充分な睡眠」など規則正しい生活を送ることだが、気候・風土、食習慣など赴任地の生活に早く慣れることも大きなポイントになる。
気候・風土は国や地域によって大きく異なる。一般に熱帯地方は高温・多湿だが、中東やアフリカの一部は高温・乾燥地域となる。しかし、温帯地域でも大陸の内陸部では想像以上の熱波や寒波に襲われることもある。
先進国は衛生環境がよく医療施設も整っている。予防接種なども普及している。しかし、発展途上国では未整備のところが多い。特に飲料水には要注意。食中毒の原因になったり、伝染病の感染源になったりすることが少なくない。
赴任する国や都市が決まったら、まず現地の医療情報や衛生環境に関する情報を集めよう。
基礎的な情報は、外務省、FORTH厚生労働省検疫所、国立感染症研究所、日本旅行医学会、 「感染症~これだけ知っていれば怖くない!」、海外渡航者の健康を考える会 などのホームページで入手できる。また、日本在外企業協会や航空会社、保険会社など、関連する企業・団体などの中には各種の情報を提供しているところが少なくない。
前任者から医療や健康管理に関する体験談などを聞いておくのもひとつの方法である。教えてもらった現地の医療機関や薬店などをメモしておくと、後で役に立つことが多い。最近は医療サポートの代行業者も増えている。情報を集めておくと、緊急の場合などに生きてくる。
赴任者本人や家族の健康管理は、それぞれの健康状態を正しく把握するところから始まる。まず、家族全員の健康診断を行い、それぞれの病歴や家族歴(アレルギー、高血圧、がんなど)を記録しておこう。現地で医者にかかるとき役に立つ。国によってはビザの申請や子どもの入学手続に健康診断書が必要な場合もある。
現在、治療を受けている人は、主治医の病状経過診断書や薬の処方箋を持参しよう。健康診断書や処方箋は、英語あるいは赴任先の言語に翻訳して携帯する。主治医に英語の診断書を書いてもらうか、またそれが無理な場合は、有料で翻訳してくれる機関を利用する。
母子健康手帳がある人は、これも翻訳して持参するようにしよう。子どもの身長・体重の推移や既往症歴などが記載されていれば、赴任地の病院などで治療を受ける際に役に立つ。子どもが現地校やインターナショナルスクールに入学する際は、予防接種の証明にもなる。
近視のため眼鏡やコンタクトレンズを使用している人はスペアを持参する必要があるが、赴任地で新たに眼鏡やコンタクトレンズが必要になった場合、希望どおりのレンズが手に入らなくて困ったなどという話をしばしば耳にする。そのため、海外赴任を機に視力を回復するための近視矯正手術「レーシック」を受けるのもひとつの方法だろう。最近は高度なレーザー機器などをそろえた専門のクリニックもできているが、経験豊富な眼科専門医や視能訓練士がそろっているかどうか、またレーシックの症例などこれまでの実績などを調べてから治療を受けることをすすめたい。治療技術が進んでいるクリニックの中には、月間3000症例、回復率ほぼ100%を実現しているところもあるようだ。
赴任前には、歯の検査も受けておこう。虫歯などがある場合は、完全に治してから出国するようにしたい。歯の治療はある程度時間がかかるので、早めに診てもらうようにしよう。
一般的に、先進国では歯の治療費は高額である。治療技術も日本ほど進んでいない国が多い。歯の治療は、海外旅行保険の補償の対象外となっているものが多いので、事前に確認しておく必要がある。
風邪薬や胃腸薬、目薬、下痢止めなど家庭で使っている市販の常備薬は、基本的にはすべて持参しよう。ある程度そろっていると、心理的にも安心できる。最近は、赴任先の衛生環境などに合わせて薬をそろえた「常備薬セット」も販売されている。
一般的な家庭常備薬としては、次のような薬が挙げられる。
風邪薬、消化薬、下痢止め、便秘薬、抗菌薬、解熱剤、鎮痛剤、消炎剤、消毒薬、目薬、うがい薬、消毒薬、虫さされ軟膏、虫よけスプレー、日焼け止め薬、ビタミン剤など。ほかに体温計、メガネやコンタクトレンズのスペア、生理用品なども持参しよう。また、家庭医学書が1冊あると便利である。最近はCD-Rになっているものもある。
現在、接種が入国の条件になっているのは黄熱病の予防接種で、中南米やアフリカのサハラ砂漠以南の諸国では、入国時に黄熱予防接種完了の「国際予防接種証明書」(イエローカード)の提示を求められる。
それ以外の予防接種には、子どもが必要とする「基本的予防接種」と、主に大人が受ける「補足的予防接種」がある。
世界保健機関(WHO)が定めた基本的予防接種は、次のようなものである。
このほか、その他のインフルエンザ、肝炎、結核(BCG)、肺炎、水疱瘡などは各国の事情に合わせ、医師の判断に任せている。
子どもの予防接種は、子どもの年齢や赴任国によって種類や回数が異なってくるが、国によっては学校に入学する際、必要な予防接種を終えていないと入学を拒否されることがあるので事前に確認しておく必要がある。
補足的予防接種は、破傷風、A型肝炎、B型肝炎、狂犬病などで、必ず受けなければならないというものではないが、赴任国によっては受けておいたほうがよい場合が多いので、専門の医師などに確認するようにしよう。
A型肝炎は飲み水で感染し、途上国では特に注意を要する。B型肝炎は血液や体液を介して感染する。破傷風は、日本でも感染することがある土壌に潜む菌が病原体である。狂犬病は犬だけでなく、リスやコウモリなどの小動物も保菌しているので要注意。
これらの病気にかかる可能性は少ないとみられるが、予防接種は自己防衛の手段と思えばよい。接種しておけば安心して渡航できる。予防接種は、ワクチンの種類によって完了まで数カ月かかる場合も少なくないので、体調がいいときに受けるようにしよう。まずは、赴任国や地域の感染症情報を集め、必要なワクチンの種類や、接種をいつ、どこで、何回受けるかなどを決めていく。
米国疾病研究所(CDC)や国立感染症研究所などのホームページを検索すれば、感染症危険地帯やワクチンなどの最新情報が確認できる。また、かかりつけの医師に相談するか、近くの保健所に問い合わせてもよい。
自宅か勤務先の近くで接種を受けられると便利だが、ワクチンを常備している医療機関は限られる。ワクチンごとに接種場所を変えると期間や手間もかかるので、一カ所ですむところを選びたい。
予防接種は出国前に受けておくのが理想だが、日本では接種できないものもある。必要な場合は現地で受けることになるが、途上国での予防接種はリスクが高いので要注意。外国人へ接種経験のある医療機関で受けるようにしよう。
| 表1 日本で受けるワクチン、諸外国で受けるワクチン | ||
|---|---|---|
| 日 本 | EPI(共通) | 諸外国 |
風疹単独
水痘 インフルエンザ(若年者対象) 日本のワクチンは、(日本+EPI)がポピュラーなものといえる |
BCG DPT 麻疹 ポリオ B型肝炎 |
MMR インフルエンザb菌(Hib) インフルエンザウイルス A型肝炎* 黄熱病* 狂犬病* 髄膜炎菌* コレラ* 腸チフス ペスト |
| EPI:Expanded Programme on Immunization *:諸外国で行われるワクチンのうち日本で接種可能なもの |
||
赴任国や地域によって対応が違ってくるが、伝染病には十分注意したい。熱帯や亜熱帯地域では、蚊や虫に刺されないように気をつけよう。マラリア、デング熱、西ナイル病、黄熱病などを媒介する危険がある。また、生水や生野菜、生の魚介類などはA型肝炎、赤痢、コレラ、腸チフスなどにかかりやすい。
うがいや手洗いを励行して、はしか、おたふくかぜ、風疹、結核、ジフテリアなどを予防するのも肝要。現地の病院で受けた輸血や手術、注射などは、エイズ、B型肝炎、C型肝炎などにかかる恐れがあるので注意が必要である。
犬や猫、サルなどは、狂犬病や西ナイル病などの病原体を媒介することもあるので注意しよう。
赴任国に着いたら、日本で情報収集した、あるいは前任者などに教えてもらった日本人がよく利用する病院や診療所などを確認しておこう。住所や電話番号をチェックするとともに、交通の便や周囲の環境、さらに利用者の様子なども観察しておく。
家では、家族の健康診断書や母子手帳、保険証書などの書類、また家庭常備薬などの置き場所を決め、いつでも取り出せるようにしておきたい。
医療事情は国や地域によって異なるが、先進国では専門分野が細かく分かれ、ホームドクター制がとられている場合が多い。ホームドクターとは「かかりつけの医師」のこと。一般的な病気の診断や治療、健康管理のほか、専門分野の診断が必要なときや症状が重い場合は、専門医や総合病院の紹介・取次も行う。
ホームドクター制であっても、新規の患者を診察することはいうまでもない。海外出張中に病気になった場合は、診察・治療をしてくれるし、病気によっては専門医や総合病院も紹介してくれる。
日本から持参した健康診断結果をあらかじめ渡しておき、子育てや家族の健康管理について相談し、信頼関係を築いておけば安心である。
海外では医師の処方箋に従い、患者が薬局から薬を購入する医薬分業が主流となっている。原則として薬局では、医師の処方箋がないと抗生物質を含んだ軟膏類も販売しない。処方箋がなくても購入できるのは風邪薬、胃薬、ビタミン剤くらいである。
それらの薬も現地の人の体格に合わせてあるから、欧米諸国では日本人には強すぎることが多い。
自宅近くに薬店を探し、できるだけ利用するようにすれば、何かあったときに助言してくれたり情報を教えてくれたりする。
先進国と途上国とでは、医療保険の事情が大きく異なっている。アメリカとヨーロッパ諸国でもかなり違っている。アメリカは公的健康保険制度がなく、民間の医療保険が普及している。ヨーロッパなどの先進国は公的健康保険制度があり、保険金の一部を雇用企業が負担するなど、日本の健保制度と似通ったシステムになっている。
海外の医療保険の事情が違うことを踏まえ、日本から「海外駐在員総合保険」などに加入するか、または現地で何らかの保険に入ることが必須である。傷害・疾病・救援者費用だけでなく、対人・対物、賠償責任も含めたすべての保障をカバーする包括保険に入っていれば安心である。
日本のほとんどの健康保険には海外で支払った医療費に対して、規定の金額を払い戻す制度がある。必要書類をそろえて、加入している健保組合に提出すれば戻ってくる。
欧米の病院などで病気やケガの治療を受けると、国によっては日本の10~20倍の治療費や入院費を請求されることがある。治療を受けた場合は、領収証を保管しておく。
給付額は、日本国内での保険医療機関などで給付される医療費が標準とされ、実際に支払った額から被保険者の一部負担(3割)に相当する額を差し引いた額が払い戻される。ただ、医療費水準は国・地域によって異なるため、日本の標準額を上回る場合は、超過分が自己負担になる。
給付対象は日本国内で保険適用とされている医療行為に限られ、虫歯の治療や糖尿病などの慢性疾患も対象になっている。しかし、心臓や肺などの臓器移植、人工授精などの不妊治療、美容整形、高度先端医療などは含まれない。
給付を受ける場合、まず診療や手術を受けた海外の医療機関に診療・入院費を全額支払い、「診療内容明細書」と「領収明細書」を発行してもらう。それを日本語に翻訳し、勤務先の企業や市町村に提出する。保険者の国保や組合健保などは内容を審査し、問題がなければ1~2カ月後に医療費の7割が戻る。請求期限は診療費を支払った翌日から2年間である。
近年はインターネットで、医療相談や医療情報をいつでも手軽に検索できる。外務省や検疫所のホームページ(HP)にアクセスすれば、海外の医療情報が見られる。
「インターカルテ」のHPでは、無料で世界51都市の最新医療情報が検索でき、会員登録すれば多彩な医療サービスが受けられる。的確な医療アドバイスだけでなく、問診に答えると患者の症状が英語でプリントされる。それを現地の医師に見せれば、微妙な自覚症状のニュアンスまで伝えることが可能になる。
また、インターネットによる在宅検診システムの「e-ヘルスバンク」を利用すれば、年4回の検診で健康管理ができる。ほかにも日本の医療法人や財団法人のホームページがそろっており、海外からでもアクセスでき、世界中の日本語が通じる医師のリストなども見つかる。

