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NO3028 過去と向き合わない日本(50)

スペインの思い出

スペインの思い出 28日(土)快晴。昨夜は40代前半になった教え子二人と駅前で飲んだ。私がシンガポールから帰国し、初めて学校の荒れを体験させてくれたF中時代で、女子はどのクラスもまともだったし、親たちが結束して、クラス内で二人を中心に私を支えてくれたのである。彼らがいなければ、私は折れていたかもしれない。

 

ようやく春到来という日和になってきた。テニスも出来た。先日、偶然に観たテレビニュースに、先の大戦中に日本が受けた大空襲の実態に絡み、当時の政府が防空法の改正で退避を禁止し、違反者に罰則まで設けていたことを初めて知った。政府が被害を増大させたということではないか。

 

あの戦争を反省するには諸外国に対する加害の事実にこそ目を向けるべきなのだが、空襲や原爆など国策の誤りで被害を招いた政府や軍部の国民に対する加害責任も追及しなければならない。日本本土への初空襲は42年4月18日の東京、神奈川、名古屋、神戸へのそれであった。

 

スペインの思い出

スペインの思い出42年4月と言えば、前年の12月8日に始まった太平洋戦争からわずか4か月後という事実に注目しよう。日本が華々しい勝利でマレー半島、フィリッピン、インドネシア等東南アジア全域を占領し、国内では提灯行列で沸き立っていたのは3月までということだ。

 

勝った、勝ったの大本営発表しか知らされていなかった国民にとって、4月に早くも本土空襲が始まった意味など知る由もなかったであろう。だが、軍や政府の中枢は負け戦の始まりを的確に把握していたはずである。42年6月のミッドウエー海戦以後は敗北の連続だったのだから。

 

本土初空襲の被害の実態は極力隠され、新聞は「慎め詮索や憶測、軍を信頼・職場を守れ」という政府発表を掲載。「空襲は怖くない」「焼夷弾は手袋をはめて投げ出せばよい、熱くも何ともない」という内務省防空指導課長の談話や「逃げるな、守れ」が新聞の見出しだった。

 

スペインの思い出

スペインの思い出日米開戦前は「頑丈なものを造れ」とされていた防空壕も通達で「簡易なものでよい。床下に穴を掘るだけでよい」と方針変更された。その背景に37年制定の防空法が41年11月の改定で退避禁止と消化義務が追加され、違反者の処罰もこの時に規定されたのだ。

 

12月には都市からの退去を全面的に禁止する通達も出され、戦時刑事特別法(42年3月)では防空を妨害した者の最高刑を死刑に引き上げた。政府発行の「時局防空必携」では「命を投げ出して御国を守ります」という防空精神を植え付けた。非科学的精神論そのもの。

 

学童以外の疎開も抑制、隣組を通じて非難を許さない監視体制がつくられ、空襲時に避難する者は「非国民」とされた。「逃げようと思わない」「逃げたくても逃げられない」 状況が作られたのだ。情報統制の恐ろしさを特定秘密保護法で再現しようというのか。

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